今回の東京オリンピックで日本バレーボール監督をされた中田久美監督の堂々とした立ち振る舞いがかっこよく男前でしたよね!
若い頃も美人でしたが、負けず嫌いで気が強そうですが、優しい性格がにじみ出ていました。
東京オリンピックでは予選敗退という結果で終わってしまい退任されるそうですが、これまでの名言や発言を聞いても尊敬できる性格の方ですよね。
熱い性格のあまり「すぽると」で怒声も!?
若い頃は美人セッターとして日本代表で大活躍。
現在も男前でかっこいい中田久美監督がますます知りたくなり、プロフィール、経歴、名言や性格、すぽると怒声(笑)などについて調査してみました。
中田久美の名言や性格がかっこいい!若い頃も美人なのにすぽるとで怒声って?!
5年間、監督として一生懸命に日々奮闘し、食事する時間も忘れるぐらいだったようです。確かにだいぶお痩せになっています。
Twitterでも「カッコいい」と話題
「絶対勝ちます」
ほんとカッコいい中田久美✨— Coup de foudre (@NRpUqvr0IP6f5ms) July 31, 2021
中田久美監督カッコいい…!
「悔しい」「勝ちます」一つ一つの言葉に決意がこもってた。
頑張れニッポン!!— 鯨岡真由 (@kujira_mayu) July 31, 2021
中田久美さんの名言や発言からみえる、かっこいい性格
かけられたハシゴを外された時。その人の本当の力が試される時。
本物になるってどういうことかと言うと、当たり前のことが当たり前にできる人になること
努力をしたからこそ、自分の力を信じられる
心なんておれてなんぼ。
勝ちにこだわり続け、伝説に残るチームをつくりたい。
常識の延長線上に勝利はありません。
何度でも立ち上がれ!
私が必要ならまた現役に戻りたい。
アスリートだから、ぎりぎりが好きなんだと思うんですよ。チャレンジャーなんですよ。私も大好きですね。ギリギリ。多分、もう壁が高ければ高いほどこえたくなっちゃうタイプですよね。
叶わなそうなものを、叶えるのが夢。自分の限界を自分で決めてしまったら、その先はない。
チャレンジャー!まさに勝負師ですよね。とことんやるという感じでしょうか。かっこいい。
中田久美が美人!若い頃の画像
中田久美さん
生まれて初めてファンになった女子スポーツ選手。
面と向かって握手してもらった時、心臓が飛び出すかと思ったくらい緊張しました!
メッチャ背が高くて、色白美人な方でした。 pic.twitter.com/MLTEWueVDs— カツオ~格闘技垢~ (@katsuo_miyamura) August 2, 2018
私の年齢だと
中田久美監督は凄い人で
大好きなんです頑張れ!
若い時の写真は
STAP細胞の人ではありません。#バレーボール #オリンピック #オリンピック開催して良かった pic.twitter.com/1VElIYZlHu— ローグ (@javatha0825) July 27, 2021
すぽると怒声エピソード「てめえら コノヤロー!」
全日本女子がアテネオリンピック出場権を獲得した直後、選手と共に解説者であった中田さんもフジテレビ「すぽると!」の生放送に出演していました。
同番組直前の打ち上げにより酔いが冷めやらぬまま女子選手達は同番組に生出演、その選手らのはしゃぎ振りに中田さんは耐えかねて、テレビ画面が試合映像のVTRに切り替わった途端に選手に向かって「てめえら コノヤロー!」と一喝。
マイクがオンになっており全国放送に流れてしまったそうです。
その後番組はCMに切り替わったのですが、CM明け選手が静まり返っていたという…笑い話になるエピソード。
中田久美さんは、後日談で語っていますが「てめえら コノヤロー!」と怒声をあげたかというと、「これからアテネでメダルを採りに行く選手が出場権を獲得したくらいではしゃぎすぎ」だと。
バレーボールを真剣に愛する熱い思いゆえの笑えるエピソードでした。
バレーボール選手といえば、グミの日だけに中田グミ…ではなく、当時の名セッター「中田久美」選手です。
監督時代に生放送中に浮かれた選手たちを一喝したのは有名な話ですね(笑)
とてもストイックな方ですね。
素晴らしい指導者だと思います。#ふくわうち pic.twitter.com/gHwHH4ZgsA
— 知床上手 🦈 (@Shiretoco_Jaws) September 3, 2020
中田久美さんのプロフィール
- 出身 東京都練馬区
- 誕生日 1965年9月3日 55歳
- 血液型:A型
- 身長:176cm
中田久美さんの経歴
バレーボールを始めたきっかけは母親からのすすめなどもあり練馬区立練馬東中学校入学後にバレーボールを始める。
1978年 13歳の時に英才教育バレーチームの「LAエンジェルス」に入団。
1980年 15歳の時に史上最年少で全日本代表に選出される。
元のポジションはセンターだったが全日本に入ってからまもなくしてセッターに転向、才能を開花させる。
1981年 バレーボールに専念するため高校は通信制のNHK学園高校に入学。実業団日立に進む。
1983年 日本代表のスタメンセッターとなり、同年のアジア選手権ではその当時世界一の中国を破り、優勝。
1984年 ロサンゼルスオリンピックで日本代表のセッターとして活躍し銅メダルを獲得。
1986年9月 世界選手権で主将になるが、同年11月に右膝前十字じん帯を断裂。
1988年 ソウルオリンピック、1992年バルセロナオリンピックに出場するが右膝のけがの完治しておらず同年11月に引退するまで痛みと闘いながらの選手生活を送った。
引退後一度林隆夫さんという方と結婚するが離婚。再度現役復帰するが、1995年完全に現役から引退する。
その後指導者のほかスポーツキャスター、モデル、解説者やタレントなどでも活躍。
2016年 バレーボール女子日本代表の監督に選ばれる。
まとめ
今回は、中田久美監督さんのかっこいい性格などまとめてみました。
なりふり構わず戦っている姿が素敵ですよね~!中田久美さんが人生を賭けてきたバレーボール!まだまだ続くとは思いますが、
一先ずお疲れさまでした。
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